2003-05-08 第156回国会 衆議院 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会 第4号
また、占領軍によってすべての戦力をもぎ取られてしまって、解釈によって最小限の防衛力は持っておりますものの、もはや国際社会の動きに対応できなくなってきている今の現状を考えますと、明治憲法から日本国憲法への振幅、振れが余りにも大き過ぎたんじゃないかという印象を持っておるんですけれども、坂野先生の御感想をお聞かせいただければありがたいと思います。
また、占領軍によってすべての戦力をもぎ取られてしまって、解釈によって最小限の防衛力は持っておりますものの、もはや国際社会の動きに対応できなくなってきている今の現状を考えますと、明治憲法から日本国憲法への振幅、振れが余りにも大き過ぎたんじゃないかという印象を持っておるんですけれども、坂野先生の御感想をお聞かせいただければありがたいと思います。
国民というのか、当時は臣民と言われる人たちにとっての明治憲法というものに対する理解とか、明治憲法の中で私たちの日本の国民という意識というのが、国というものができて国民意識というのが高まっていくと思うんですが、どこが誇りといいますか、そういう感じに五十年、六十年経る中でなっていったかというところにおいては、坂野先生はどういうふうに解釈していらっしゃるのか、教えていただきたい。
坂野先生は、大正六年に鳥取県東伯郡北条町にお生まれになり、幼少のころはいじめっ子に向かっていく義侠心の強い子供であったと伺っております。少年時代から英才の誉れ高く、旧制倉吉中学を経て、旧制松江高校に入学されました。
○入澤肇君 まず冒頭、坂野先生に対して心から御冥福をお祈り申し上げます。 今日、私は、法律に則して御質問申し上げたいと思いますけれども、本当は順番を逆にしたいんですが、大事なところですので、罰則の規定から入りたいと思います。
ですから、ドイツで私は、議長をされた長田先生と、今も御健在ですが、坂野先生と三人でボンに行って、小学校に行った。予定時間は一時間だということで行ったんですけれども、そうしたらもう坂野先生が、いや、もっとおろう、もっとおろうと、午前中ずっとおったんですよ。二時間半ぐらいおったですよ。そしたら、終わったんです。校長先生は三十八歳ぐらいの女の先生で、先生はみんな女の先生ですよ。男は一人もいなかった。
野沢先生とそれから坂野先生というお二人がいらっしゃるそうでございます。 しかしながら、なかなか一般的に社会的認知度というのは高かったとは言いがたいというふうに言えると思うんですね。その原因をどのように分析なさっていらっしゃいますでしょうか。
○田名部匡省君 坂野先生の御意見、全く私もよくわかっているんです、専門家はいないんですから。ですから、各省にばらばらやらせるからおかしくなるので、そういう人たちを外務省に入れてきちっとした形でやる。
このように、坂野先生、井上先生並びに立木先生は、いずれも卓越した御見識と豊富な政治経験に基づき、我が国民主政治発展のため多大の貢献をされてこられました。 ここに、我々議員一同は、三先生の二十五年の御功績に対しまして深甚なる敬意を表しますとともに、本日、栄誉ある表彰を受けられましたことに対し、心から祝意を表する次第であります。
先ほど、坂野先生の質問に対するお答えで、税制の話で、地価税はできるだけ制度そのものは存続したいから廃止ではなくて凍結だというふうなお答えであったかと思いますが、そういった問題。それから、国土利用計画法に基づく土地の売買に関する届け出制の話がありますね。厳しいチェックがなされておるというふうなことで、それが土地の流通を阻害しておるんじゃないかというふうな意見もあったりします。
○岩井國臣君 先ほど坂野先生から補正予算の話がございまして、建設大臣から御答弁がございました。立場上極めて慎重な御答弁であったと思いますが、よくわかります。しかし、私といたしましてもやはりこの点について触れざるを得ない。自民党全体の空気からして触れざるを得ないと思いますので、お許しいただきたいと思います。
○岩井國臣君 現在の住宅着工の著しい落ち込みに対しまして、先ほど税制の問題は坂野先生からも出たわけですけれども、そういった税制の問題とあわせて、公庫融資の思い切った改善措置が必要ではないかなというふうに思ったりしておるのでございますけれども、その辺はいかがでしょうか。
ただいまは、私の永年在職に対しまして、斎藤議長から院議による表彰を賜り、さらに坂野先生から御丁重なお祝いの言葉をちょうだいし、まことに身に余る光栄であります。厚く御礼を申し上げます。 また、本年は参議院五十周年のよき年に当たり、この年に表彰を受けましたことは感慨深いものがございます。まことにありがとうございました。
しかし、せっかく坂野先生の御指摘でございますから、簡明に申し上げさせていただきます。 基本的に、財政再建会議、有力なメンバーとして坂野議員も御参加をいただくわけでございますが、三党連立体制の中で、この国の財政が健全でなければならないという、世界的な常識になりました財政運営理論の中でこれに突入をするということであります。
○参考人(宇野收君) まさに冒頭におっしゃいましたように、首都移転についてはぼ賛成されている方が多いなという感触もあった一方で、東京都の方からは一貫して反対を言っておられるというのはずっと私どもの意識の中にございましたが、今坂野先生がおっしゃった災害対応の問題ということになりますと、これは首都が移転したら災害対応できるような明確なこういうことがありますよということについてまでの議論はまだ十分なされていないのも
○参考人(宇野收君) ただいま坂野先生のおっしゃったことは全くそのとおりでございますので、何をお答えしていいのかちょっと私は戸惑っておるわけであります。 特に、関西におりまして神戸のあの災害を見ますと、地震というものがいかに恐ろしいものかということを感じておりますから、地震初め火山の爆発、そういう災害のないところというのは非常に大きな条件だと。
まず最初に民活法でございますが、これは実は今各地方自治体のやっておりますふるさとづくりと申しますか、この事業と非常に接近をしている、こういう実態でございますので、まず自治省がやっておりますふるさとづくり事業、これはここにおられます坂野先生が大臣のころに一番伸びた事業でございます。
○松浦(功)参議院議員 自民党からは会長代理という形で検討会に坂野先生が出ておられて、終始いろいろの議論を重ねてまいられたようでございます。
それからまた、先ほど坂野先生がおっしゃったように、今、国会議員の方は完全に企業献金を縛るということでありますが、私は逆に伺いたいのは、それでは政治家の方々が、個人献金は一体どのくらい取っていただけるのか、あるいは取れるのかということを前提として考えていらっしゃるのか。私は非常に少ないと思いますよ、そういう制度がまだ日本にできてないのだから。それでぽんと蛇口を締めてしまって、どうやって動くのか。
そして、いま一つ申し上げれば、先ほど坂野先生、また下条先生からも御質問がございましたが、つづめて言えば、衆議院で否決になった私ども自民党の案は、もう御答弁は要りませんが、なぜ否決になったのか。
○議長(市川雄一君) 坂野先生のお尋ねに対して、与党の方でもう少し明確に答弁をしていただきたいと思います。なぜ自民党案ではだめなのかということについて。
○国務大臣(大塚雄司君) 先ほども坂野先生にもお答えをしたわけでありますが、治水事業というのは国民の生命、財産を守るという観点からも、また生活環境を改善して環境を整備するという面からも、両方兼ねて行う仕事としては息が長いという答弁を局長がいたしましたが、今回の高規格堤防の整備というのは、将来に大変大きな役割を担うものだと、こういう認識でおるわけであります。
当然のことながら沿川の自治体の皆様方の意見も十分に聞いてきておるつもりでございまして、おいでになる自治体の長の皆さんから今の坂野先生のようなお話をたくさん聞いております。
○政府委員(望月薫雄君) 先ほど坂野先生にも申し上げましたけれども、私ども建設残土の問題というのは大変重要な課題と受けとめておるわけでございまして、そういった中で、おっしゃったような協議会、研究会を従来活用してまいっております。
○国務大臣(山東昭子君) 坂野先生は自民党の地震対策委員長として活躍をされておられますけれども、先生御心配の首都圏直下型大地震につきましては、ビルの建設や交通に伴う振動が非常に多うございまして予知は大変難しく、関係省庁といたしましては鋭意研究中でございます。
個性ある各地域のお祭りとかあるいは芸能を活用するとかというような意義あることにつきまして、これまでも日本海沿岸におきまして、各地方公共団体に対しまして自治省としましては、特に坂野先生が当時自治大臣でおつくりになったふるさと創生というものを通して今日も進めてきておるわけでありますが、引き続き地域づくりの推進というようなことにつきましての事業に対しまして創意工夫をそれぞれの地域で願いまして、これを自治省
実は、私、この調査会が発足いたしましてからやがて五年になるわけでございますけれども、その間ずっと理事を務めさせていただきまして、前会長の長田先生あるいは筆頭理事の坂野先生等とも一緒にヨーロッパを回ったりもいたしまして、いろいろとこの調査会の活動に参加してまいりました。大変重要な提言が数多く出されましたし、国会でも本会議で報告がございました。
坂野先生がこの小委員長をされておられたのですけれども、昭和六十一年から昭和七十五年までで新たに必要な事務所床は約千六百から千九百ヘクタールで、今回提案されているような諸施策を通じて十分需給バランスが確保されるというものでした。その後、あらゆる機会にこの量的な需給バランスを説明し、それなりに鎮静剤的な効果はあったというふうに思っております。
○常松克安君 じゃ最後に、自民党の地震対策特別委員長をしていらっしゃいます坂野先生御一行がサンフランシスコへ行かれました調査報告と提言というものを勉強させていただきました。その中の非常に重要な提言を読ませていただきました。 すなわち、情報通信の停滞と対応であると。パニックが起こってどうしようもない、そういうときに非常に混雑をした、電話破損で不通状態が続いた。
パリの都市計画なんか聞きましても、二年ほど前に私はパリ、ロンドンを建設の大先輩の坂野先生のお供をしましてずっと回ったのですけれども、要するにヨーロッパあるいはアメリカの都市計画というものは、きちっと責任者が決めて、もちろんそれは都市計画が大前提ですけれども、その中で行われて、しかもそれぞれの自治体が自治体のカラーを持っている。